ミャンマー祭り2015

ミャンマー祭り2015終了しました

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ミャンマー祭りを語る
「夢の国」に住む日本人写真家・後藤修身さんが写すミャンマーの姿

日本人写真家 後藤修身さん

ミャンマー祭り2015では、写真家・後藤修身さんの作品展示も行います。
ミャンマーの虜になって、ヤンゴンに住む日本人写真家が「夢の国」の現実を写した魅惑の作品がそろいます。

後藤修身(ごとう おさみ):プロフィール

1955年、大分市生まれ。ヤンゴン在住で、写真、WEB関係の仕事に携わる。

WEBサイト
http://www.ayeyarwady.com
http://photo.campur.com/photo/myanmar.html
http://enjoy-yangon.com
■経歴
1987年 初めてビルマ(ミャンマー)を訪れる
1992年 キャノンサロンにて写真展「峠の彼方」(インド、ラダック地方)
1994年 7年ぶりにミャンマーを訪れる。これから10年ほど毎年ミャンマーへ
2002年 週刊文春、文芸春秋などの雑誌でミャンマーの写真を掲載
2004年 チン州にてNHKドキュメンタリーのコーディネート
2006年 GMI(メコン総合研究所)立ち上げメンバーの一人になる
2012年 ヤンゴンに移住

初めてのビルマ、今のミャンマー

バンコクから飛び立った古いフォッカー機は20人ほどの客を乗せラングーン(ヤンゴン)のミンガラドン空港に到着した。何もない薄暗い空港を出ると、タクシーが1台だけ客待ちをしていた。ドアがちゃんと閉まらないボロボロのアメ車だった。夕暮れが迫った穴だらけの道をタクシーはガタガタ音をたてながら走った。町が見えてきた。道の両側にはろうそくで照らされた露店が並んでいた。そこをロンジーをゆっくりと揺らしながら人々が歩いていた。まるで影絵のような世界、1987年のビルマだった。

中国のトルファンで出会った日本人旅行者から聞いた「ビルマは夢のような国だ」という言葉に導かれるようにして訪れたビルマ、当時はネウィンによる独裁で社会主義で鎖国政策をしていた時だった。そのビルマはどの国とも違っていた。

ダウンタウンに立ち並ぶコロニアル調の建物は薄汚れて巨大な廃墟のようだった。夜になると停電で街は暗闇、ホタルの光のようにあちこちでロウソクの灯が揺れていた。車がほとんど走らないメインストリートでは、道路の真ん中では青年たちがギターを鳴らしながら歌っていた。路上喫茶店では「お代はいらないよ」と言われ、食堂では見知らぬ人が知らないうちに私の代金を払っていた。シュエダゴンパゴダでは、「山本少尉はとても親切でした」とたどたどしい日本語で話しかけられ、彼の家族に歓待された。

ビルマは戦後間もない時期から時間が止まっていた。でも、そこで出会ったのはにこやかで奥ゆかしい、そう、たおやかな人たちだった。トルファンで聞いた言葉は本当だった。ビルマは外国人旅行者にとって本当に夢のような国だった。

私はビルマの虜になった。しかし翌年、ビルマに政治的混乱が起き、私が次に入国できたのは1994年だった。それから毎年のようにミャンマーを訪れるようになった。そして、2012年からはとうとうヤンゴンの住人になった。

28年前の「夢のような国」と比べ、今のミャンマーは大きく変わった。特にヤンゴンだ。若者はロンジーをはかなくなり、女性が酒を飲むようになり、どこも渋滞だらけになり、土地の価格は東京並みになり、ショッピングセンターで何でも買えるようになり、お金の話しをするようになり・・・ だんだんと、普通の国になってきた。

でも変わらないミャンマーもある。特に地方に行くと昔からのミャンマーに出会うことができる。そして、ミャンマーのもうひとつの大きな魅力は多様な民族だ。違う文化を持ち違う言葉を持ち違う宗教を持つ。仏教とパゴダだけではないミャンマーがそこにはある。

これからも、変わっていくミャンマー、変わらないミャンマー、そして多様なミャンマーを見続けていきたい。

写真展「チョーミン楽団が行く」

仏教遺跡で有名なバガンから車で1時間半ほどのところにチャウッパダウンという町がある。近くにポッパ山という山があるくらいで他に何の変哲もない町だ、と思っていた。しかし、ここにはサインワイン楽団という伝統音楽の楽団が60以上もあった。その楽団のひとつ「チョーミン楽団」と偶然知り合った。

驚きだった。サインワイン楽団の演奏がこんなに素晴らしかったとは。もちろんサインワイン楽団は以前から知っていたし、ステージでの演奏やテレビでの演奏は何度も見ている。しかし、深夜まで村で行われる演奏を目の前で見たのは初めてだった。

後藤修身さんが写すミャンマーの姿2

ピタリと息の合った超絶技巧の演奏、美しくてアクロバティックな踊りで観客の心をつかむ踊り子、会場を笑いの渦にする漫才コンビ、全てが渾然一体となった「ショー」だった。それが深夜2時3時まで続く。電気も来ていない小さな村でこんな一流のショーに出会えたのは衝撃だった。一流のショーといっても、もちろん高尚なショーとは違う。下ネタがポンポンと飛び出し、踊り子も下ネタに反応して言い返す。サインワインのリーダーもそれに合いの手を入れる。観客は大爆笑だ。言葉があまりわからない私もおかしくて大笑いしてしまった。

後藤修身さんが写すミャンマーの姿3

サインワイン楽団の演奏はチャウッパダウンのようなアニャー(上ビルマ、中央乾燥地帯)で特に盛んだ。村で子供のシンピュー(得度式)や寺への寄進式を行うときに、式を盛り上げるために式の主催者がサインワイン楽団を呼ぶ。最近は費用がかかるということで、楽団を呼ばずにCD再生で済ますところも増えてきたが、まだ上ビルマでは楽団を呼ぶ村が多い。電気もないテレビもない村にとっては一大娯楽だ。

サインワインは、大小の鼓がずらりと円形に並んだ楽器で、リズム楽器でもありメロディー楽器でもあるというミャンマーにしかない不思議な楽器だ。この楽器を演奏する人が楽団のリーダーでもある。サインワインの名手が繰り出す演奏は超絶技巧そのものだ。フネーと呼ばれるチャルメラに似たリード楽器はサインワインの次に目立つ。これも名手の手にかかると、フリージャズのトランペットのように縦横無尽に音が駆け巡る。他にも何種類かの楽器、歌手、漫才師が揃ってサインワイン楽団となる。

サインワイン楽団が演奏をするのは11月から4月の乾季の間だけだ。後の半年は雨季になるので演奏はない。その間、リーダー以外の楽団員はそれぞれの村に戻り、農作業などの本来の仕事をする。演奏する人たちも村人なのだ。村で生まれ村で演奏する音楽。そう、サインワイン楽団は保存された伝統音楽ではない、生きている今の音楽だ。

今回の写真展では、今年の4月に撮った写真を紹介したい。チャウッパダウン近くのニャウンラ村とグイピン村での演奏だ。チャウッパダウンを出発したトラックの荷台に楽団員と一緒に乗り、村まで2〜3時間ほど。日中は40度を超える気温の中、演奏は深夜の4時まで続いていた。

チョーミン楽団の取材に行ったのは今年の4月と10月、今度の11月にもまたチャウッパダウンに行ってくる。また彼らと一緒に演奏旅行に行くのが楽しみだ。

Fin.

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助成

主催

  • ミャンマー祭り実行委員会

共催

  • 駐日ミャンマー大使館
  • 公益財団法人 浄土宗ともいき財団
  • NPO法人 メコン総合研究所

後援

  • 外務省
  • 港区
  • 日本商工会議所
  • 株式会社JMAホールディングス
  • 一般社団法人コンピューターソフトウェア協会
  • 一般社団法人情報サービス産業協会(JISA)
  • 一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)

協力

  • 東京プリンスホテル
  • ミャンマーインフォメーションインダストリー株式会社
  • ミャンマージャポン

事務局のご案内

ミャンマー祭り実行委員会事務局
(公益財団法人 浄土宗ともいき財団内 )

所在地
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Tel
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