ミャンマー祭り2015

ミャンマー祭り2015終了しました

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ミャンマー祭りを語る
ミャンマー祭りの実行委員として奔走するミャンマー人男性ティン・タイさん

ミャンマー祭り実行委員・ビジネスコーディネーター ティン・タイさん

ミャンマー祭り実行委員・ビジネスコーディネーター ティン・タイさん

――ティン・タイさんはミャンマー祭り実行委員会の中でも特に、ビジネスリンクにおいて重責を担っておられます。ご自身がビジネスコーディネーターとして日本とミャンマーの企業人のサポートを続けておられます。そういうキャリアをお持ちの方ですので、まずは、日本とミャンマーのコミュニケーションの一翼を担う、ビジネスに関することを教えて下さい。ミャンマーの人たちが日本企業を求めている。という声は聞きますが、それは日本の商品を求める声なのですか。電化製品にしろ自動車のような大型の商品にしろ、陸続きの中国から入れたほうが話が早いと言われればその通りでしょうし。

ティン・タイさん いえいえ、そうではなくて、ミャンマー政府は日本企業に来てもらいたいと考えています。工場を作ってもらって、そこで雇用を生み出してほしいと考えています。

――なぜでしょう?隣国の企業に来てもらったほうが話が早い。

ティン・タイさん 日本企業が生み出す商品にはクオリティがあります。その作業の中にはミャンマーの産業が強くなっていくための学びがあります。また、商品のクオリティだけではなく、労働に関する様々な取り決め、仕組みのクオリティがあり、そのノウハウも学ぶ事ができます。ミャンマーには労働力と土地と資源があります。日本には技術とノウハウとクオリティと資金があります。この2つが組み合わさればとても強いビジネスになると考えています。

――ミャンマー国内で資金を集めることができるミャンマー人ビジネスマンも、日本企業に来てほしいと考えているのでしょうか?

ティン・タイさん もちろんそうです。日本ならば社会的責任、道義的責任を果たすということについて社会から評価されています。日本企業がミャンマーに工場を建設したら、関係する土地や地域社会の環境に配慮するでしょう。従業員の福利厚生も考えるでしょう。そういう部分はとても大事。海外経験があり経営を担っていく人達からすれば、日本の良さは十分に理解していて、そのクオリティを求める流れが生まれています。それは、経験した諸外国の企業と比較して日本企業を選びたい。ということでもあります。

――被雇用者側では、自身の労働環境を比較できていますか。

ティン・タイさん 近年は労働組合が認められ、労働環境の改善が意識されるようになっています。ですから日本企業ならば雇用者側と被雇用者側の両方をわかっていて、労働環境の整備を進めてくれるだろうという、被雇用者側からの期待もあります。最近はアジアだけではなく欧米企業も進出してきています。被雇用者側からすると、給料や待遇の良い所を選ぶのはどの国でも当然ですが、同程度の待遇であれば日系企業を選ぶ傾向があると言えます。同じアジアで馴染みやすいという理由もあるでしょうね。

――ミャンマーの市民目線で、日本について、日本企業という大きなくくりで評価されているのか、それとも、自動車などの商品がピンポイントで評価されているのでしょうか。

ティン・タイさん その流れを生み出したのは近年のビジネスだけではないですね。大戦時からの様々な分野での人脈の積み重ねです。その歴史によって信頼があります。これが、ミャンマー人が日本を他の国とは区別している大きな理由のひとつです。ビジネスも人間関係に影響されるので、違う国の人同士が、違う国のままでお互いに信頼しているという前提があるのはすごいことなんですよ。

――開放路線が鮮明になって数年が経ちました。現時点で進出していない企業はチャンスが少ないのでは。

ティン・タイさん いえいえ、全くそんなことはありません。「これから」です。ティラワの経済特区も最初は大企業がインフラを作りますが、整備されたら今度は中小企業も参加できます。流れは産業ごとに差はあるでしょうが、例えば自動車であれば、最初は修理工場、部品販売、その次に部品製造、その次に自動車の組立、という流れがあります。観光にしても、観光産業活性化のためにはインフラ整備が重要になります。

――インフラと連動する建築についてはいかがでしょうか。

ティン・タイさん ミャンマーはインフラ整備のラッシュです。そして建築は有望な分野です。中堅の企業でも参入できるだろうと考えられています。耐震・免震技術もミャンマーにとっては大事な要素です。日本の1.8倍の面積のある国土全域で開発が始まっていますから、インフラと建築は要注目の分野です。

――食品についてはいかがでしょうか。

ティン・タイさん 日本が持っている食品の加工技術や、栽培に関する技術は喜ばれるでしょう。ミャンマーの農作物の展開を図る上で加工技術は重要ですし、生産性の向上も大事です。

――電力はどうでしょう。

ティン・タイさん 国を挙げて、電力供給の改善に努めていますよ。

――日本企業は進出が遅いと言われます。

ティン・タイさん 総合的に評価をしているからだとも言われていますが、課長の次に部長が来られて、その次にまた上層部が来られてという感じになりますよね。ミャンマーのビジネスシーンは創業者とプレイヤーがイコールになっている企業が元気なので、速度の差がありますね。意思決定が早い日本企業だと、今のミャンマーのビジネスシーンに合うかもしれません。もちろん様々な要素がありますから、成功するかどうかは別問題ですよ。

――日本を含めた外国人が見落としがちなのが、ミャンマー人は誇り高い人々だということではないかと思います。

ティン・タイさん 発展のために来てやっているのだ、という姿勢だとそれは反発するでしょうね。

――ミャンマーで、日本のテレビドラマなどが減って20年位でしょうか。日本企業の進出で言えば、インフラが先で文化・情報・ソフトの分野は少し後になるのかなという印象です。ミャンマーの皆さんが日本を好きだった理由の一つが、ドラマや映画、音楽などの日本のポップカルチャーだったと思うのですが、このことについてご意見ください。

ティン・タイさん 先日ミャンマーの友人に会いました。彼は日本語で話しました。私は驚いて「なぜそんなに日本語が上手なの?」と聞きました。彼は「『NARUTO(ナルト)』を見ている」と答えました。忍者のアニメです。彼は一度も学校で日本語を勉強したことがないのですが、とても日本語が上手です。そういう意味では、アニメを含めたポップカルチャーの伝達にはもっと注力するべきでしょう。

――それはどんなふうにしたらよいでしょうか。

ティン・タイさん 例えばインターネットであれば、ケーブルを使うよりも携帯端末での普及が進んでいます。携帯端末だと設備がいらない。誰でも使える。昨年のミャンマー祭りビジネスリンクでの、シティーマートのWin Win Tintさんの話にもありましたが、ミャンマーでは情報に関する技術はキャッチアップになっていて、固定電話の普及を飛び越えてスマホでのネット接続になっています。言い換えれば他に選択肢がない。こういう現状に合わせたサービスを展開するべきでしょう。

ミャンマー祭りについて

――今度は、ミャンマー祭りについてお聞かせください。お気持ち的に、日本でこんなお祭りができているよということについて、どのようにお考えですか?

ティン・タイさん 今まで、在日ミャンマー人や団体がある意味「全員参加が可能」といえる設定でのお祭りは開催が難しかったのだろうと思います。
『ミャンマー祭り』の何が特長かというと、ミャンマー国を代表して駐日大使館が本格的に参画されていることですよね。

――ティン・タイさんはお祭り当日は実行委員として大忙しだったのですが、ご自身が「ミャンマー市場」でご飯を食べる時間はありましたか?

ティン・タイさん かろうじて、ありました。日本のうどんのような麺に、坦々麺のようなスープをかけたシャン州の伝統的なヌードルをいただきました。

――それは「食べ慣れた国の味」でしたか?

ティン・タイさん おいしかったです。

――ティン・タイさんはビルマ族じゃないですか。シャン族の料理というものは何か、文化の境目みたいなものを感じることはあるのでしょうか?

ティン・タイさん ないです。というのは、私はヤンゴンで育ちましたが少数民族の友人も、インド系の友人も、中華系の友人もいます。小学校の時から私たちはそういう環境です。日本人にはわかりにくいかもしれません。でも、私たちは同じ生活空間に住んでいますから、みんなビルマ語をしゃべるし、そんな生活の環境の中で、ここからさらにマジョリティとマイノリティに分けるという感覚がないのです。分ける必要性がないですし。

――それは、都会っ子の特性ですか?

ティン・タイさん えッ?そんなこと考えたことがないです。僕はそういう環境で育ったとしか言いようがないです。でも、決して、相手の文化や伝統を軽んじるという意味ではないですよ。人は皆、違っていて当たり前という前提で成り立つ社会だったので、軽んじるのではなく、自分は相手を違ったままで受け入れていく。僕も違ったままで相手に受け入れてもらえる。そんな社会なんです。逆に僕の感覚だと、分けて考える方がおかしい。

――ヤンゴンの料理とシャンの料理についてどっちが好きとか…

ティン・タイさん それもないんです。おいしければ、それが素晴らしい。うれしい。有難い。それだけなんですよ。

――ティン・タイさんは実行委員会に所属するミャンマー人です。そのお立場から見たミャンマー祭りについて教えてください。自分がある意味仕掛けていくという働きかけをしていく立場ですが、そこからどんなことが見えていますか?

ティン・タイさん みんなが楽しんでくれたら。それによって自分が幸せだったら。やりがいがあってうれしいです。

――ティン・タイさんから見て、日本人の「ミャンマー好き」について、何か思うところはありますか?「この人はなぜ、ミャンマーが好きなのだろう?」といったことについて。

ティン・タイさん それは、日本とミャンマーには共通の考え方や習慣があったからだろうと思います。例えば、「遠慮がちな人」。日本人もミャンマー人も遠慮がちに相手に接します。「こんな料理は好きですか?」と聞かれたら、まず間違いなく日本人は嫌でも、好きですとか、おいしいとか、答えますよ。相手を傷つけたくない。この志向ってミャンマー人も同じなんですよ。

――多くの日本人は「ビルマの竪琴」と言われたら、その言葉も、形も知っています。でも、じゃあどんな音がするのか?と自問すると、記憶の中でビルマの竪琴が鳴り響く人は、そんなに多くはいらっしゃらないのではないかと思えます。もちろんそれは自分を含めてのことですが。おそらく文化の交流ということを考える時にはそういったことも課題になってくるのかなと思います。竪琴の音色を知っていること。そこになにがしかの共感を持つこと。そういったことが育つ土壌としての、日本人とミャンマー人の共同作業としての何か。

ティン・タイさん そうですね。そういう観点から私たちも文化交流を進めていきたいですね。

――ティン・タイさんは昔から日本とのご縁が深かったそうですね。

ティン・タイさん 子どもの頃は日本の戦友会の方たちと良くお会いしました。ヤンゴンの自宅に何度も来られていました。戦後、行政関係の仕事をしていた私の祖父が日本で研修を受けたことがあって、その時に祖父と出会った方々がミャンマーに来られた際に、うちに来られる、という関係がありましたので、私も日本人とは昔から親しくしていました。

――『ミャンマー祭り』にお力添え下さっているサポーターの皆様にティン・タイさんがお話しなさる時、どんなことをお伝えされますか。

ティン・タイさん 最近でこそビジネスを媒介にした日本ミャンマー間のコミュニケーションが育ってきましたが、80年代にはミャンマー全土で日本の映画や音楽が溢れかえっていました。ビジネスとしての関わり以前に、私たちは交流をしていました。歴史的にもとても重要な関係を築いてきました。サポートしてくださる企業様にはそんなお話もさせていただくことがあります。皆様、ご関心を持っていただくことが多いです。

――日本企業に見てほしいミャンマーと、日本人一般という立場で見てほしいミャンマーは違うのかな?同じなのかな?と思ったりするのですが…。

ティン・タイさん 今、日本国内で語られるミャンマーはビジネスの部分が大きいかもしれません。でも、『ミャンマー祭り』は文化交流、人々の交流、という本質の部分でしっかりと表現できていますよね。それがこのお祭りの面白さですよね。

FIN.

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助成

主催

  • ミャンマー祭り実行委員会

共催

  • 駐日ミャンマー大使館
  • 公益財団法人 浄土宗ともいき財団
  • NPO法人 メコン総合研究所

後援

  • 外務省
  • 港区
  • 日本商工会議所
  • 株式会社JMAホールディングス
  • 一般社団法人コンピューターソフトウェア協会
  • 一般社団法人情報サービス産業協会(JISA)
  • 一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)

協力

  • 東京プリンスホテル
  • ミャンマーインフォメーションインダストリー株式会社
  • ミャンマージャポン

事務局のご案内

ミャンマー祭り実行委員会事務局
(公益財団法人 浄土宗ともいき財団内 )

所在地
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Tel
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