ミャンマー祭り2015

ミャンマー祭り2015終了しました

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ミャンマー祭りを語る
ミャンマーと日本を写真でつなぐ、新時代の文化交流に期待するもの

ミャンマー祭り実行委員会の委員長に写真家の関口照生氏が就任しました。ミャンマー祭りでは、「日本・ミャンマー交流写真展」と題して両国の写真家の作品を募集し、写真展を開催してきました。両国から寄せられる作品にはやはりその国ならではの感性があり、その比較や共通項を見つけ出すことも同展示会鑑賞の面白さになっています。ミャンマーの写真事情や公募展(ご案内は後日)について関口委員長のメッセージをまとめました。「ミャンマー祭り」に参加いただく皆さまの鑑賞や公募参加の手引きになれば幸いです。

関口照生ミャンマー祭り実行委員会委員長/進行:西山即信(ミャンマー祭り実行委員)

関口委員長

――「日本・ミャンマー交流写真展」の審査委員長として過去2度の審査を終え、今年はまた新たに3回目の公募(ご案内は後日)を行おうとしています。ミャンマーから送られてきた写真作品には一定の特徴があるのではないか、ミャンマーならではの「らしさ」みたいなものがあるのではないかと思うのです。関口委員長はどのような感触を得ておられますか。

関口照生委員長 ミャンマーの写真家の全体像はつかみ切れてはいないですが、傾向は見えてきますね。半数以上が風景写真・観光写真を撮っているという印象ですね。自分たちの生活に密着したお寺や遺跡などです。托鉢なんて、ミャンマーに行った人ならご存知でしょうが、僧侶が出かけていくのはまだ夜も明けきらない早朝です。托鉢の写真を撮ろうと思ったら、自分が早朝に傍にいないといけない。遺跡なども観光客のいないシーズンや時間帯など、自分たちが知っている最も魅力的な時間に撮影できる。だから、現地の人ほど、リアルな写真が撮れる。これは大きなことですよ。その素材をフォトショップなどの画像編集ソフトも使ってすごくきれいに作り込んでいますね。前回も面白いと思ったのは、全体として風景写真・観光写真の大きなうねりがあって、その中にストリート写真集団もいることです。彼らはミャンマーの町中の現象みたいなものを撮影しています。ビルが建設されていく。町を歩く人たちがいる。外で朝ごはんを食べている。そんな風景を撮っていくのです。そんなふうにして、大きな流れとは違う系統の写真を撮り始めていますね。またミャンマーにおける写真の流れとして、全体を俯瞰すると仕上げに画像編集ソフトを使って、ものすごく綺麗に丁寧に仕上げた写真が好きなのだろうと思います。また、光に意味を持たせ、大切にしている感じもあります。托鉢の写真でも、我々が思う以上に、写真の中の光を大切にしています。一瞬の逆光も大切に取り込んで強調するという手法も用いたりしています。その感性が独特です。一方で気をつけないといけないのは、画像編集の技術を自分の作品にどう生かすかということです。現場の瞬間の感動を生かすということ。撮影した瞬間の感動がもっと生きてくるようにすることも考える必要があります。

――ミャンマーを題材に選ぶ日本人写真家と欧米人写真家の間には、相違点があるのでしょうか。

関口照生委員長 これはもう、大きな違いがあります。ヨーロッパからミャンマーに入ってくる写真家たちは1年とか2年とか現地に住んでしまうのです。僧院でもパゴダでもじっくり撮っていく。僧侶の生活も含め、農作業もそうだし、じっくりと撮る作家が多い印象があります。だから、旅行者が撮った写真ならば、限られたスケジュールの中での撮影ですから、昼間の観光地での撮影が多くなるのですが、じっくりを腰を据えた写真家はそうではなく、日の光が十分ではない時間帯での撮影もするわけで、少しの光を大切にしながら撮っていくことになります。

――じっくりと…というと関口委員長も昔から取材先で長期滞在して撮影をしてく手法をとっておられたことで知られています。

関口照生委員長 ところが彼らは僕のやったことよりももっと長い時間を費やして撮るのです。月日や季節の流れの中で撮っていく。だからミャンマー人のスタンスに近いとは思うのですが、欧米人の写真家には明確なテーマがあります。僧院の生活、農民の生活などの明確に分けられたテーマの中で表現を探しています。なぜかというと、彼らは写真集にしないといけないから。写真集にしないと売れないのです。日本では写真集は売れにくいのですが、欧米では写真集があってようやく評価されて作家として認められていく。また彼らは取材地に関する文章等も様々なメディアで書いて発表し、情報発信力を高める努力をしています。そういったところが特徴的かなと思いますね。

――ミャンマーでは作家作品としての写真が認識されているのでしょうか。あるいは、商業写真として社会の中に写真の居場所が確立されているのでしょうか。

関口照生委員長 どちらかというと、ミャンマーで写真でご飯が食べられている写真家は商業写真というよりも風景写真・観光写真で、観光産業に近い位置に立っているのではないかと思いますよ。広告の仕組みが社会の中で発達していないですから、商品撮影よりも遺跡などを撮る。しかしここには現代の技術が幸いしている側面があります。デジタルの高性能カメラを使えば、暗い夜空、暗い時間帯でもかなりきれいに撮れます。この特性を生かして従来ではできなかった風景写真・観光写真を作ることができます。わずかな光でも写真撮影ができますからとても効果的、印象的な写真が完成する可能性が高い。また、もうひとつ重要なことがあります。日本の写真の歴史でもそうですが、戦前の写真家には上流階級の出の人たちが結構いました。というのは機材が大変に高かったからです。ライカ1台で家が買えた時代があったのです。今でもデジタル一眼レフやレンズの上位機種の価格を考えれば、それをミャンマーで使いこなすことができる人というのはやはり、それなりの背景を持っていると言わざるを得ないのです。

――その人たちがスタジオを構える。あるいは、自らがストリートに飛び込んでいく。

関口照生委員長 例えばそういう背景の人でもカメラを持って新聞社勤務を経て写真家になった人もいます。今ある物事をきちんと写真に収めていかなければならないという思いでストリートに出ていく。個人でもそういう迫力のある人はいます。ただ、日本の写真家も同じですが、どうしても、ビジネスとして写真に取り組む必要がある場合が多いですから、いつでもストリートに飛び込めば良い、それで作家として解決するというわけでもないのです。仕事で自分の生計を立ててからフリーランスになり、作家として自分の本来のテーマに向かう。それは日本でもミャンマーでも同じだろうと思います。ミャンマーではこれから、商品写真、広告写真の本格的な流れが起きてきますよ。その時に、日本やアメリカで広告を撮っているような機材を持って取り組む人がいるかどうか。広告写真用のスタジオを構えるだけで少なくても数千万円かかりますからね。これは作家個人としてどうだという問題ではなくて、それが事業として稼働する社会構造なのかということの方が重要です。

――デジタル一眼レフという機材があればこその変革がありますね。

関口照生委員長 そうですね、これは僕の考えですが、日本の方々は忘れつつありますが、観光写真にしろ広告写真にしろ、実は35ミリのフィルムカメラでほとんどのケースは押さえられるんですよ。35ミリからポスターにすることだって可能です。これを忘れてはいけない。ただ、商品撮りのための細かいディティールを調整していくとなるとどうしても大判カメラになります。

――関口委員長の世代の方々は、撮影後に作品を調整することについて、ボリュームを大きくは取らない。後の調整を予定していないというか、シャッターを押した時点での答えが、そのまま答えになることが多いと思います。

関口照生委員長 そうなんですよ。僕は基本的にトリミングもしない作家として通っていますよ。僕はフレームの中で勝負をしてきた。事後の画像編集をやるとしたら、わずかに暗い部分を明るくするとかその程度。それも、自分の作品作りの意図ではなくて、見る人が見やすいように配慮したからという理由。プリントを焼く時にやっていたことをモニターを見ながらやる程度です。

――デジタル一眼レフは日本製が優位でそれを使う人が増えますが、今お話しいただいているような心意気であるとか、知恵であるとか、そういう部分の「日本」はミャンマーに届けられていますか。

関口照生委員長 それはなかなかできることではないですよね。ミャンマーの写真家たちが今好んで採用している、丁寧に丁寧に仕上げていくという傾向などは、その国に生きる人たちの価値観の問題でもあり、押しつけて良いものではないでしょうし。何を素敵だと思うか、何を大事だと思うか、ということが、作風の背景には潜んでいるのです。だからそれは日本であれミャンマーであれ、写真家自身が判断していかないといけません。一方で、日本では今、何でも撮る人と、作家として自分の世界に徹底してこだわる人に分かれていっています。今の日本の若手は大変な状況にあるのは事実ですよ。

――今の若手写真家の皆さんが社会にどんどん出ていけるようになるには何が必要ですか。

関口照生委員長 外せない要素としては、写真集を作って発表するなど、とにかく自分のテーマでずっと撮っていくことですよね。専門雑誌の編集者たちが関心を持たざるを得ないように発表していくこと。テーマの持ち方としては、大人が考えもしなかったものを見出すこともひとつの要素ですね。だから若手の女性写真家が人気でしょう。一昔前の男性写真家では考えもしなかったテーマを撮っている女性たちがいます。僕の時代は若手の時代に、アーティストでやっていくと決めたら、頑固にテーマを追いかけていく精神力が必要だったのですよ。とにかく皆、必死でしたから。

――ひとりの写真家が作家として立ち上がってくる時に、写真雑誌のようなパートナーが必要では。

関口照生委員長 必要ですね。写真家にとって必要なものは、個展会場と批評家。そして写真雑誌だけではなくて、通信社を含めた広義でのメディア。「良いものは良い」「感動するものは感動する」。これは世界共通で、誰もが同じことを言います。良いものは良いんです。だから、それを受け止めてくれる場づくり、関係づくりが必要です。ミャンマーの写真事情で言えば、ミャンマー写真家協会の皆さんはすごく頑張って良い仕事をされています。だからミャンマー人写真家の仕事に対して、どんどん期待が膨らみます。これからのミャンマーの写真界をぜひ見ていきたいのです。

――「日本・ミャンマー交流写真展」の公募がはじまるにあたって、ひとことください。

関口照生委員長 「日本・ミャンマー交流写真展」は、日本人による応募はノンプロの皆さんの作品を求めています。ですから、じっくりと現地で腰を据えてというのはなかなか難しいかもしれません。ですが、素直に自分が感動したからシャッターを押した。その当たり前の感動が作品からにじみ出てくるように、そんな写真を撮ってほしいのです。その感動が「日本・ミャンマー交流写真展」の会場で花開いていく。今年も大輪の花が咲くようにと、期待しています。

Fin.

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助成

主催

  • ミャンマー祭り実行委員会

共催

  • 駐日ミャンマー大使館
  • 公益財団法人 浄土宗ともいき財団
  • NPO法人 メコン総合研究所

後援

  • 外務省
  • 港区
  • 日本商工会議所
  • 株式会社JMAホールディングス
  • 一般社団法人コンピューターソフトウェア協会
  • 一般社団法人情報サービス産業協会(JISA)
  • 一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)

協力

  • 東京プリンスホテル
  • ミャンマーインフォメーションインダストリー株式会社
  • ミャンマージャポン

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ミャンマー祭り実行委員会事務局
(公益財団法人 浄土宗ともいき財団内 )

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